管理組合の教科書

区分所有者の認知症・判断能力低下への管理組合の対応|成年後見制度・議決権行使・管理費のリスク整理

最終更新: 2026年7月12日

「総会の案内を送っても返事がない」「委任状の記入内容が本人の意思なのか分からない」「管理費の支払いが急に滞るようになった」――区分所有者の高齢化が進む中、こうした違和感が実は認知症等による判断能力の低下から来ているケースが増えています。所在は分かっていて連絡も取れるのに、以前のような意思表示ができなくなっている状態は、区分所有者が行方不明になっているケースとは別の難しさがあります。ここでは、管理組合が判断能力低下の兆候に気づいたときにどう動けばよいか、成年後見制度の仕組み、議決権行使への影響、後見人選任までの流れと費用を整理します。

結論

判断能力を欠く状態の区分所有者が総会で議決権を行使しても、法律上は意思無能力による無効な行為として扱われるリスクがあります。管理組合がこの問題に気づいたら、まず本人や親族の意向を確認したうえで、親族の協力が得られない・親族がいない場合は成年後見制度(法定後見)の利用を検討します。後見開始の申立ては本人・配偶者・四親等内の親族のほか、身寄りがない場合は市区町村長も行うことができ、申立てから後見人選任までは1〜4か月程度、鑑定が必要な場合はさらに時間がかかります。後見人が選任されれば、本人に代わって財産管理や契約行為(総会での議決権行使を含む)を行えるようになりますが、選任前の段階では管理組合が本人の判断能力を独自に認定したり、後見開始を強制したりすることはできません。地域包括支援センターや行政の担当課と早めに連携し、時間のかかる手続きであることを前提に動き出すことが実務上の要点です。

所在不明・空き家化とは異なる難しさ

連絡が取れない・所在が分からない区分所有者への対応は、標準管理規約に基づく探索や、2026年4月施行の改正区分所有法による所有者不明建物管理制度・決議母数からの除外制度など、法制度上の手当てが進んでいます。一方、判断能力の低下は、本人はマンションに居住し所在も把握できているのに、総会の案内や契約書の意味を理解して意思表示することが難しくなっている状態です。「連絡が取れないわけではないから問題ない」と見過ごされがちですが、意思表示能力を欠いたまま議決権行使や契約締結が行われると、後になって法律行為の有効性そのものが問われるという別の種類のリスクを抱えることになります。

成年後見制度の3類型|後見・保佐・補助の違い

成年後見制度(法定後見)は、判断能力の程度に応じて「後見」「保佐」「補助」の3類型に分かれます。管理組合が押さえておくべき違いは、それぞれで代理人(後見人等)ができることの範囲が異なる点です。

総会の議決権行使や管理費の支払いを本人に代わって確実に行えるようにするには、原則として「後見」類型で選任された成年後見人が必要です。保佐・補助の場合は本人が自分で意思表示できる場面も残るため、管理組合としては「後見人がついていれば安心」と一律に扱わず、どの類型で、どの範囲の代理権が認められているかを確認する必要があります。

議決権行使への影響|意思無能力による無効のリスク

民法上、意思能力を欠く状態で行った法律行為は無効とされます。総会での議決権行使や委任状の提出も法律行為である以上、本人が判断能力を欠く状態のまま押印・署名した委任状や、本人に代わって親族が独断で記入した委任状は、後になって無効を主張されるリスクを抱えます。特に大規模修繕の実施決議など、特別決議(区分所有者及び議決権の各4分の3以上)で僅差の議決になった場合、1票の有効性が争われると総会決議全体の有効性にも影響しかねません。成年後見人が選任されていれば、後見人が本人に代わって適法に議決権を行使できるため、判断能力低下の兆候がある区分所有者については、後見制度の利用を促すことが管理組合運営の法的安定性にもつながります。

管理組合が気づいたときの対応の流れ

国土交通省の補助事業(大和ライフネクスト株式会社によるマンション高齢化対応の実証事業)では、認知症等により管理組合活動への参加やマンション内の生活に困難が生じている区分所有者への対応の流れが、次のように整理されています。

  1. 区分所有者本人の判断・意思表示が難しくなっている、または管理費滞納・ゴミの存置などマンション内の生活に影響が出ていることに気づく
  2. 親族の所在を確認する。所在が分かれば親族へ状況を説明し、協力を依頼する
  3. 親族の協力が得られれば、親族が本人を退去させる・任意後見を利用するなどして事態の改善を図ってもらう
  4. 親族の協力が得られない、または親族の所在が不明な場合は、管理組合内で対応を協議し、法定後見制度の利用を検討する
  5. 弁護士・司法書士・社会福祉士・税理士・後見センター等の専門家へ相談し、地域包括支援センターや行政の担当課にも状況を説明・相談する
  6. 家庭裁判所に後見開始の申立てを行い、審問・調査・鑑定を経て審理が確定すれば、法務局への後見登記を経て成年後見人が選任される

管理組合や理事会が単独で「この方は認知症だ」と判断したり、本人や家族の同意なく医師の診断書提出を求めたりすることはできません。あくまで親族への働きかけと、公的機関・専門家への相談を通じて後見制度の利用につなげていくという段階を踏む必要があります。

後見開始の申立て|誰ができるか

後見開始の申立ては、本人・配偶者・四親等内の親族のほか、検察官が行うことができます。管理組合や管理会社は申立権者ではないため、直接申立てを行うことはできません。親族がいない、または親族が申立てに協力しない場合には、市区町村長が申立てを行う「首長申立て」の制度があり、行政の担当課(高齢福祉・障害福祉の窓口)や地域包括支援センターに相談することで、この制度の活用につなげられる場合があります。管理組合としては、直接申立てはできなくても、状況を証拠とともに整理し、地域包括支援センターや行政へ相談を持ちかける「きっかけ作り」の役割を担うことになります。

申立てにかかる費用と期間の目安

後見開始の申立てにかかる費用は、収入印紙・登記手数料・郵便切手代などで1万5千円〜2万円程度が目安です。本人の判断能力を医師が確認する鑑定が必要な場合は、鑑定費用として5万〜10万円程度が別途かかります。弁護士・司法書士等の専門家に申立て手続きを依頼する場合は、報酬として数万円〜十数万円程度が加わります。申立てから審判(後見人選任)までの期間は、鑑定が不要なケースで1〜3か月程度、鑑定が必要な場合や書類収集に時間がかかる場合は4か月前後を見込む必要があります。後見人が就任した後も、財産管理の状況に応じて月額2万円前後の後見人報酬が本人の財産から継続的に発生する点も、親族への説明時に伝えておくとよい情報です。

後見人選任前|「今すぐ困っている」場合の当面の対応

後見人選任には数か月単位の時間がかかるため、その間に総会や管理費請求への対応が必要になる場面も出てきます。選任前の段階でできることとして、次のような対応が実務上考えられます。

誤解しやすい点

よくある質問

Q: 判断能力が低下している区分所有者から届いた委任状は、そのまま総会で使ってよいですか。

A: 記入経緯に疑義がある委任状を無理に使用すると、後になって議決権行使の有効性が争われるリスクがあります。不審な点があれば、その委任状は集計から除外するか、親族に記入経緯を確認したうえで慎重に扱うことをおすすめします。

Q: 後見人がいない区分所有者の管理費滞納には、どう対応すればよいですか。

A: 基本的には通常の滞納対応フロー(督促文書の送付、内容証明、法的手続きの検討)に沿って進めますが、判断能力低下が疑われる場合は督促と並行して地域包括支援センター等への相談を進め、後見制度の利用につなげることが根本的な解決につながります。

Q: 管理組合として後見開始の申立てを行うことはできますか。

A: 管理組合や管理会社は申立権者ではないため、直接申立てはできません。親族への働きかけや、地域包括支援センター・行政の担当課への相談を通じて、親族による申立てや市区町村長による首長申立てにつなげる形になります。

まとめ

区分所有者の判断能力低下は、所在不明や空き家化とは異なり「連絡は取れるが意思表示ができない」という気づきにくい形で管理組合に影響を及ぼします。放置すると議決権行使や管理費対応の法的な有効性に疑義が生じるリスクがあるため、兆候に気づいた段階で親族への働きかけと、地域包括支援センター・行政・専門家への相談を早めに始めることが重要です。成年後見制度の利用には数か月単位の時間がかかることを前提に、選任前の当面の対応と、選任後の実務(後見人による議決権行使・財産管理)の両方を理事会内で共有しておくと、いざというときに慌てずに対応できます。

この記事について 本記事は、区分所有者の判断能力低下に対する管理組合の一般的な実務整理を目的としています。個別のケースでの対応可否・法律行為の有効性の判断は、弁護士・司法書士等の専門家、地域包括支援センター、行政の担当課への確認が必要です。本人の判断能力に関する事実の認定・診断は医師の専管事項であり、本サイト・管理組合による認定を意味するものではありません。
最終確認日: 2026年7月12日 / 参照: 民法(意思能力・成年後見制度)、国土交通省補助事業「認知症等により管理組合活動への参加やマンション内の生活に困難が生じている区分所有者への対応」(大和ライフネクスト株式会社)、裁判所・法務省の成年後見制度解説

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