最終更新: 2026年7月12日
修繕方針への反対、管理費の値上げ、理事会の対応をめぐって、匿名掲示板やSNS、マンション口コミサイトに理事長・理事個人を名指しした書き込みをされて困っている——そんな相談が増えています。感情的な批判と法的な「誹謗中傷」は必ずしも一致せず、管理組合として動くべき場面と理事個人が対応すべき場面も異なります。ここでは名誉毀損が成立する要件、証拠保存の実務、2025年4月施行の情報流通プラットフォーム対処法(旧プロバイダ責任制限法)による発信者情報開示請求の流れを整理します。
名誉毀損は「社会的評価を低下させる事実の摘示」と「不特定多数への流布」の2要件で判断され、単なる悪口・感情的な批判とは区別されます。民事上は名誉毀損に至らない意見・論評であっても不法行為(民法709条)が成立し得る一方、公共の利害に関わり公益目的で、前提事実が真実であると証明できる場合は違法性が阻却されるため、理事会の判断や工事の当否への批判そのものは直ちに違法とはなりません。管理組合として法的措置を取るか、名指しされた理事長・理事が個人として動くかは書き込みの内容(組合の業務運営への言及か、個人の人格攻撃か)によって分かれるため、最初の段階で切り分けておく必要があります。実務上まず重要なのは投稿画面のスクリーンショットとURL・投稿日時を証拠として保存することで、多くのサイト運営会社がIPアドレスのログを保存しているのは投稿から3〜6か月程度とされているため、対応の判断に時間をかけすぎるとログが消えて発信者を特定できなくなるおそれがあります。2025年4月施行の情報流通プラットフォーム対処法(旧プロバイダ責任制限法)により、発信者情報の開示を一つの裁判手続でまとめて請求できる「発信者情報開示命令」の運用が定着しており、削除請求・発信者特定・損害賠償請求という一連の対応を弁護士に相談しながら進めるのが現実的な進め方です。
管理組合に寄せられる相談で多いのは、次のようなパターンです。
いずれも「感情的な批判」と「法的に問題になり得る誹謗中傷」の境目が分かりにくく、管理組合側が慌てて強い対応を取ってしまい、かえってトラブルが拡大するケースも見られます。
名誉毀損(民法上の不法行為・刑法230条の名誉毀損罪)が成立するかどうかは、次の2つの要件で判断されます。
民事上は、事実の摘示に至らない意見・論評であっても不法行為が成立する場合がある一方、刑事の名誉毀損罪は事実を摘示した場合に限られるという違いがあります。また、内容が管理組合の業務運営など公共の利害に関わり、専ら公益を図る目的でなされ、前提となる事実が真実であると証明されたときは、人身攻撃に及ぶなど意見としての域を逸脱しない限り違法性が阻却されます。つまり「理事会の判断が不適切だ」という批判そのものは、名誉毀損には直ちに当たりません。
管理組合(管理組合法人を含む)には民事訴訟法上の当事者能力があり、原告・被告いずれにもなれます。ただし、書き込みの内容が「理事長個人の人格・私生活を攻撃するもの」なのか「管理組合の業務運営そのものを批判するもの」なのかによって、誰が対応するかが変わります。
対応を検討する際にまず行うべきは証拠の保存です。投稿画面のスクリーンショット(投稿内容・投稿者名・投稿日時・URLが分かるもの)を、削除される前に必ず保存します。多くのサイト運営会社がIPアドレスなどのログ情報を保存しているのは投稿から3〜6か月程度とされており、この期間を過ぎるとログが消去され、発信者を特定できなくなるおそれがあります。「様子を見よう」と対応を先延ばしにしている間にログが消えてしまうケースは少なくないため、深刻な書き込みに気づいた時点で早めに証拠保存と相談を行うことが実務上重要です。
誹謗中傷への法的対応は、おおむね次の流れで進みます。
2022年10月施行の改正(現在の情報流通プラットフォーム対処法に引き継がれている)により、従来2段階に分かれていた開示請求の裁判手続を一つにまとめて申し立てられる「発信者情報開示命令」が新設され、以前より迅速に発信者を特定できる仕組みが整っています。手続にかかる費用・期間は投稿サイトの対応やプロバイダの数によって幅があるため、早い段階で弁護士に見通しを相談することをおすすめします。
2024年5月公布・2025年4月1日施行の情報流通プラットフォーム対処法は、従来のプロバイダ責任制限法を改正したものです。プラットフォーム事業者が損害賠償責任を免れる要件を明確化するとともに、発信者情報の開示請求権や発信者情報開示命令事件の裁判手続を整備し、総務大臣が指定する大規模プラットフォーム事業者には、被害者がスムーズに削除申請できる窓口の整備などが義務付けられました。管理組合や理事個人が直接この法律の手続を使う場面は多くありませんが、削除・開示の対応がこれまでより整理された仕組みで進むようになったと理解しておくとよいでしょう。
トラブルが起きてからの対応に加え、日頃から次のような備えをしておくと被害を抑えやすくなります。
Q: SNSで理事長を批判する投稿がありますが、どの段階で弁護士に相談すべきですか。
A: 投稿内容が個人の人格攻撃や事実無根の内容を含み、繰り返される、または閲覧者数が多いサイトでの投稿である場合は、証拠を保存したうえで早めに相談することをおすすめします。ログの保存期間(3〜6か月程度)が過ぎると発信者の特定が難しくなるためです。
Q: 管理組合の予算で弁護士費用を負担できますか。
A: 対応が管理組合の業務運営に関わる場合は、理事会・総会の承認を得て組合費用から支出する余地があります。ただし理事長個人への人格攻撃への対応費用は個人負担となるのが原則のため、役員賠償責任保険の補償範囲を事前に確認しておくと安心です。
Q: 掲示板の投稿を削除してもらうだけなら弁護士に依頼しなくてもできますか。
A: サイトの問い合わせフォームから削除を依頼すること自体は本人でも可能ですが、応じてもらえない場合や発信者の特定まで進める場合は、法的な手続の知識が必要になるため弁護士への相談が現実的です。
SNS・掲示板での誹謗中傷は、社会的評価の低下と不特定多数への流布という2要件で名誉毀損の該当性が判断され、感情的な批判とは区別されます。理事個人への人格攻撃か管理組合の業務運営への批判かで対応の主体が変わるため、理事会内で方針を共有してから動くことが重要です。何より優先すべきは、投稿が削除される前の証拠保存であり、ログの保存期間(3〜6か月程度)を意識して早めに動くことが、発信者情報開示請求を現実的な選択肢として残す実務上のポイントになります。
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